「日本共産党重要論文集5」(日本共産党中央委員会出版局1968年)より「在日華僑学生らの襲撃事件について、北京放送などのわが党と日中友好運動にたいする攻撃に反論する(1967年3月15日「赤旗紙」)」。 |
2000年12月17日 猛獣文士 |
在日華僑学生らの襲撃事件について、北京放送などの
わが党と日中友好運動にたいする攻撃に反論する
三月八日の日本向け北京放送は、二月二十八日から現在までつづいている一部在日華僑学生や日中友好協会から脱走した対外盲従分子などによる計画的組織的な日中友好協会本部にたいする暴力による襲撃事件について、文字どおり黒白をまったく転倒した報道をおこない、「日本共産党修正主義分子は暴徒を組織して、華僑青年を殴打し、組織的計画的に中国反対の流血事件をおこした」などと、わが党にたいし、まったく根拠のない公然とした攻撃をおこなった。同日夜の新華社電と中国国内向け北京放送も、同じ内容を詳細に報道した。
また北京放送によれば、中日友好協会は、日中友好協会脱走派などに電報をおくり、「負傷者にたいする見舞い」というかたちをとって、同じく日本共産党に攻撃をくわえ、在日華僑学生や日中友好協会脱走派などにたいし、日本共産党と日中友好協会に反対する闘争を激励し、扇動している。
これらの報道や電報は中国の公式の報道機関や団体によっておこなわれたものであり、しかも日本共産党にたいする根拠のない一連の直接的な攻撃の重要な一部分であって、われわれはこれを断じて黙過することができない。
以下、われわれは、これらの報道や電報の虚構を歴史的経過と事実にもとづいてあきらかにし、不当な攻撃にたいし反撃をくわえるものである。
一
これらの報道と電報の特徴は、最近の中国のわが国にかんする文書の多くと同様に、事実にうらづけられた論証をいっさいぬきにした独断ときめつけによって、あらかじめわが党を「修正主義グループ」と規定し、わが党にたいする敵意にみちた打撃をあたえることを目的に、無内容な悪罵と中傷をならへたてているところにある。そこには、事実にもとづいて、事物を分析、総合して結論を出すという、マルクス・レーニン主義の科学的精神のひとかけらすらみることができない。
報道は、その冒頭で、つぎのようにいっている。
「日本共産党修正主義分子は、日本の警察の協力のもとに、最近連続して暴徒を組織し、東京の華僑青年会館、善隣学生会館になだれこみ、日本にすむ華僑の青年と日中友好を守る日本の友人を殴打するという重大な流血事件をつくり出した。この反中国の事件は、完全に計画的、組織的におこなわれたものであり、日本の修正主義分子の反革命の本性があからさまに暴露きれた事件である」
ここには、二重、三重、四重のわい曲とねつ造がふくまれている。
第一に、こんどの襲撃事件は、「日本共産党修正主義分子」が、「暴徒」を組織して「計画的、組織的」に「華僑青年と日中友好をまもる日本人に暴行を働いた」といっていることである。かれらが、わが党を「日本共産党修正主義分子」と呼ぶこと自体、なんら根拠のない中傷であり、米日反動勢力と正面から対決して、日本人民の先頭に立ち、独立、民主、平和、生活擁護のたたかいをおしすすめ、新しい人民の民主主義革命を遂行し、それを社会主義革命に発展させることをめざして奮闘しているわが党と日本人民にたいする最大の侮辱である。
かれらは、いまだかつて一度も、わが党がいかなる点で「修正主義の党」であるかを事実にもとづいて論証したことはない。中国共産党指導部は、たとえぱわが党の第九回大会への中国共産党中央委員会の祝辞にもあきらかなように、ついこの間まではわが党の基本路線は正しいとして、これを支持する態度をくりかえし表明していた。ところが、今日、中国共産党の極左日和見主義、大国主義分子は、わが党にたいして公然と「修正主義の党」という烙印をおし、あらゆる卑劣な手段をもちいて、これを攻撃している。
かれらは、「毛沢東思想が現代最高のマルクス・レー二ン主義である」ことを認めるかどうかが、真のマルクス・レー二ン主義の党と修正主義の党とを区別する試金石であるなどといっている。しかし、特定の党の指導者の言説を他国の党におしつけるこういう態度こそ、ついこのあいだまでみずからもくりわえし確認してきた兄弟党間の関係についての基準を頭からふみにじる大国主義・分裂主義的態度を露骨にしめすものにほかならない。
今回の日中友好協会本部にたいする襲撃事件も、まさにこのことをはっきりと証明している。
事実はかれらのいうのとまったく逆である。日中友好協会本部襲撃事件を「計画的・組織的」に実行にうつしたのは、中国共産党の極左日和見主義・大国主義分子によって指導、激励された在日華僑学生およぴ日中友好協会からの脱走分子らである。
すでに、昨年の十一月から善隣学生会館の三、四階に住む一部の在日華僑学生は、不法にも、会館玄関に、くり返し、「紅衛兵」のサルまねをした「大字報」 (壁新聞)をはり出し、「二セの日中友好協会、さっさと出てゆけ」とか、「日中両国人民の共同文化財産をかえせ」とか、「修正主義の犬の頭をたたきわれ」とか、ありとあらゆる口ぎたない罵倒をおこなったばかりでなく、日中友好協会本部の正当な権利を無視して、協会本部と協会所有の財産を、「犬の頭をたたきわる」ような暴力的手段までつかって、奪取しようとする野望をもっていることを、あきらかにしていた。
在日華僑の発行している中国語新聞「大地報」一月十八日号は、この華僑学生の行動を詳細に報道し、これを称賛していた。
さらにまた、これに呼応するように、今年一月下旬には、日中友好協会からの脱走分子のなかに、これまた「紅衛兵」のサルまねをした「造反団」なるものが組織され、その機関紙「造反団二ユース」第一号には、「武器を敵にわたすな、善隣学生会館放棄について」と題して、「在日華僑青年は、同会館をとりもどすために立ち上がっている」「大胆に奪還闘争の先頭に立て」と脱走派幹部をつきあげ、扇動していた。
これらの事実は、日中友好協会本部にたいする襲撃を計画し、準備し、実行したものがまきに、北京放送や新華社電が英雄あつかいしている一部の在日華僑学生などや日中友好協会からの脱走分子らであったことを、うたがいをいれる余地のないほどはっきりと証明している。
それだけではない。すでに昨年秋以来、北京では、中国共産党の極左日和見主義・大国主義分子らが、日本共産党と自主性をまもる日本の民主勢力にたいし暴力による攻撃や干渉を公然とけしかけている。昨年の十月三日、中日友好協会創立二周年のレセプションが北京の人民大会堂でひらかれた際、廖承志中日友好協会会長は、「日中の非友好分子を足げにかけ、けとばしてしまえ」と、出席していた日本人を扇動した。また、本年二月十日には「北京航空学院紅旗戦闘隊」の新聞は、「毛主席に反対するものはだれでも打倒する、われわれは東京まで鉄拳をのばしてお前たちの犬の頭をなぐってやる」と書いて、東京でのわが党および日本の自覚的民主勢力にたいする暴力行為を扇動している。
こうした経過からみて、一部在日華僑学生、在日華僑、日中友好協会から脱走した対外盲従分子らが、これに鼓舞・激励されて、暴力による日中友好協会本部およびその財産の強奪を二、三ヵ月来計画し、第十六回大会開催のため、日中友好協会本部の警備が手薄になったすきをねらって、その計画を実行にうつしたものであることは、あきらかである。かれらは、この襲撃に失敗したのち、先のとがった鉄棒、机などを解体した角材、十メートル余の丸太棒など百数十点の凶器を遺棄して後退したが、これらの凶器は、かれらの計画的、組織的な暴行を証明する、うちけしがたい物的証拠となっている。
かれらの暴力による襲撃をきいてかけつけ、正当防衛権を行使して日中友好協会本部を防衛したもののなかには、日中友好協会の会員、青年、学生、労働者をはじめ、多くの民主団体の人びとがふくまれていた。日本の民主団体のひとつが不当な暴力によって襲撃をうけているとき、民主勢力がその防衛に積極的に協力することはきわめて当然である。北京放送などは、このなかにわが党の幹部むいたこどを口実として、これらの人びとをわが党が組織した「暴徒」であるかのようにいって侮辱し、もっぱらほこぎきをわが党にむけようとしている。だが、日本共産党の国会議員、日中友好協会の一員である一部の党幹部、都議会議員、法律家などが、日中友好協会本部が暴徒によって襲撃され、包囲されたという報をきいて、日中友好協会本部のある善隣学生会館に行ったことをもって、「日本共産党の計画的組織的襲撃」なるものの「証拠」にしようとすることも、まったく的はずれであることは明白である。かれらのこのような強弁自体が、かれらの術策によるものであることは、つぎの事実が証明している。
三月六日、東京都市センターホールでひらかれたかれらの「真相報告集会」なるもので、日中友好協会の脱走派を代表して黒田寿男は、この事件を「日共による後楽寮学生にたいする襲撃事件」と呼ぶことに正式に決定した。この事件は「日共によって、計画的、集団的におこなわれた暴力事件」であると報告して、もっぱらわが党にたいする攻撃に終始した。すなわち、かれらは、日本に駐在する中国の貿易関係機関の代表などの指示のもとに、事件の名称まで統一して、もっぱらわが党に攻撃を集中することによって、事実の経過からみて明白な、みずからの悪らつな計画的組織的行為に煙幕をはり、世論をあざむこうと画策しているのである。
しかし、いかに名称を正式に決定し、意思統一をおこなっても、真実をつくりかえることはできない。事実があきらかになればなるほど、かれらの中傷、非難、攻撃が、ただわが党を攻撃するためのものであることがあきらかになるだけである。
二
第二に、北京放送局などの報道は、善隣学生会館を「東京の華僑青年の会館」とよび、在日華僑学生などが事実上の管理権をもっている会館に、「暴徒」が外から「なだれこみ」暴行を働いたかのような印象をあたえようとしている。
しかし、善隣学生会館は、日本人からなる理事会によって管理・運営されている会館であって、在日華僑学生の寮になっているのは、その会館の三階と四階だけである。一階と二階は、会館側との正式な賃貸契約にもとづき、日中友好協会、日中国交回復国民会議、倉石中国語講習会、日中学院などのほか、旧館だけでも約二十にのぼる日本の商社が賃借り使用している。
これらの賃借入は、会館側との正式な契約にもとづき長期にわたり、適法に一、二階を使用してきたのである。したがって、在日華僑学生が、会館から日中友好協会などを追い出す権利があるかのように主張することは、まったく根拠がない。また、協会の関係者が公道から廊下を通って、それぞれの事務所に自由に出入りすることはもちろん、便所その他の共同使用に提供されている施設への通行と使用の権利をもっていることも、いう までもない。
今回の事件が、在日華僑学生の居住している三、四階ではなく、一階の日中友好協会事務所前の廊下でおきていること自体、わが党が在日華僑学生を「襲撃」したという報道がまっかなウソであり、在日華僑学生らが日中友好協会事務所を襲撃したという事実を、明白にしめすものである。
事件の本質は、すべての経過と実況がみずから証明しているように、在日華僑学生などが他国の民主運動には干渉しないという国際民主運動の当然の原則をふみにじって、日中友好協会にたいし、当然の権利である出入りや通行の自由を集団的暴力によって妨害し、善隣学生会館から日中友好協会本部を追い出そうとした重大な干渉であり、暴力による計画的襲撃であったという以外の何ものでもない。在日華僑学生などと日中友好協会脱走分子らは、玄関や日中友好協会本部事務所の入口にピケをはり、パリケードをきずくなどして、通行を妨害したうえ、日中友好協会事務所に暴力で押し入り、これを占拠しようとしたのである。そしてこれが阻止されるや、廊下を占拠し、協会事務所入口にバリケードをきずき、二月二十八日夜半から三月二日午後四時すぎまで、婦人をふくむ協会事務局員や、救援にかけつけ、事務所に入った人びとを、不法に監禁し、用便や食事さえできないようにしたのである。
しかも、この間かれらは、便所にゆこうとした日中友好協会常任理事森下幸雄氏になぐりかかり、全治三週間の傷をおわせたり、全学連中央執行委員の小向鉄郎氏を一階の一室につれこんで五時間にわたって監禁し、暴行をくわえるなど、言語道断の乱暴をはたらいた。
こういう不当、不法な妨害にたいして、日中友好協会関係者が実力をもちいてこれを排除したことは、日本の民主運動の自主性を外部からの不当な干渉からまもり、事務局員の生命をまもり、本部の正常な行動をつづける権利をまもるために必要な正当防衛であって、これを非難する根拠は絶対になりたたない。
三
第二に、日本むけ北京放送や新華社通信がわが党が「日本の警察の協力のもとに」暴行をおこなったかのようにのぺていることも、当然のことながら、まったく事実に反している。
三月一日夜、一部在日華僑学生と日中友好協会からの脱走分子らが暴徒と化して、会館玄関口にピケをはり、バリケードをきずいて交通をしゃ断し、電灯線をきり、日中友好協会事務所入口に突撃を敢行して乱入をはかったとき、救援にかけっけた人ぴとは、現場にいた警視庁機動隊にたいし、出入、通行の自由を回復し、不法監禁状態を除去するよう要求した。
それにもかかわらず、がん強にこの要求を拒否し、ついに、こともあろうに、救援にかけつけた人びとを実力で排除したのは、まきに警視庁機動隊であった。これにたいして「フレー、フレー機動隊」と声援を送っていたものこそ、会館の内部で暴行のかぎりをつくしていた華僑学生らと反党対外盲従分子ら暴徒の一味であった。そして、こういう状態は、東京地方裁判所が事務所の占有、使用、玄関および廊下の出入、通行の自由を保障した仮処分決定がおこなわれた三月二日午後四時すぎまでつづいたのである。その後も警察は、中国人学生らが会館への出入、通行の自由を妨害している事実を見てみぬふりをしていた。とくに、三月八日、脱走分子が支援にきた人びとに暴行監禁をくわえたきには、犯行を口前にしながら、現行犯として犯人を逮捕することを拒否しつづけた。
このような事実は、警察の援護のもとに暴行をはたらいたのが、暴徒化した一部の在日華僑学生や日中友好協会からの脱走分子らであったことを端的に物語っている。
事実の経過は、中国共産党の極左日和見主義、大国主義分子の鼓舞、激励のもとに、一部在日華僑学生、在日華僑、日中友好協会からの脱走分子らが、不法にも会館への出入、通行の自由をうばったうえ、暴力で日中友好協会本部を奪取しようとくわたて、それが阻止されるや、長時間にわたる不法監禁をおこなったというのが事件の真相であり、日中友好協会関係者は、自己の生命と人権、協会の正当な権利を防衛するためやむをえず正当防衛権を行使して、この妨害を排除したにすぎないことをあきらかにしている。
すでにのべたことがらあきらかなように在日華僑学生には、わが国の民主運動に干渉する権利はなく、ましてや日中友好協会本部に「出てゆけ」などという権利は、まったくない。日中友好協会からの脱走分子も、昨年十月二十五日、対外盲従的な方針に反対するものとはいっしょにやれないといってみずから協会から脱走し、その足で新聞記者会見をおこない、「たもとをわかつ」「別の組織をつくる」「事務所は新宿のみよしビルにおく」と公式に声明し逃げていったのであるから、いまさら事務所や財産をかえせという資格も権利もないことは、明白である。だからこそ、かれらは、正規の法的手続きで返還をもとめることができず、暴力による奪取と日中友好協会事務局員への暴行を計画したのである。
どこの国であろうと、なんら正当な権利のないものが暴力で他人の家に侵入し、財産を奪取しようとすることは、強盗にほかならない。強盗にはいられたものや、不法監禁や暴行をうけたものがこれを排除するのは、まさに正当防衛であり、正義のたたかいである。
北京放送や新華社通信などの報道は、このきわめて当然な道理をまったく無視して、加害者を被害者に、被害者を加害者にしたてあげ、なんら客観的な根拠もあげることなしに、わが党にありとあらゆる中傷、非難、攻撃を加えている。暴徒とその一味は、廖承志事務所の孫平化代表の指導のもとに、三月二日以前のことにはいっさいふれることなく、三月二日の事件にしぼって徹底的に「日共修正主義分子」を攻撃しようと申し合わせたという。このことは、かれらがどんなに事実の経過にほおかむりしたいかを明白にしめしている。
事物の本質は、それを歴史的に究明し、一定の経過のなかで原因、結果をあきらかにすることによって、はじめて明らかにされる。事物の本質が明らかになることを恐れるものだけが、事物を歴史的に考察し、その経過や関連を事実にもとづいて究明することを避けようとする。わい曲とねつ造は、それに都合のよい一断面、一局面だけに問題をしぼり、そこにあらわれた現象の一面を誇大にえがきだすことによって、できあがるものだからである。それゆえ、こういう申し合わせをしたこと自体、かれらが事実のわい曲とねつ造によって白を黒といいくるめていることをまざまざと証明している。
四
日本向け北京放送や新華社通信の報道は、以上のほかにも、数多くのわい曲とねつ造をおこなっている。それは、日中友好協会本部の人ぴとを「修正主義分子」とよび、かれらが協会事務所を反中国の拠点として「中国人民の最も敬愛する偉大な指導者毛主席をあくどく誹謗(ひぼう)し、中国のプロレタリア文化大革命と紅衛兵を攻撃した」とか、「チャンコ口をぶち殺せ」といった反中国のスローガンを叫んだとかいったたぐいのものである。
中国の「紅衛兵」などのわが党にたいする不当な攻撃にたいしては、われわれは当然、積極的に反論をおこなっている。また、国際的にも大きな問題になっている「プロレタリア文化大革命」や「紅衛兵」の問題について、日中友好協会の会員がそれぞれ研究したり、各自の意見をもったりすることは、あたりまえのことである。
しかし、日中友好協会の歴史的事実としては、毛沢東主席を、あくどくも、あっきりも、ひぼうしたということは、まったくない。中国の「プロレタリア文化大革命」と「紅衛兵」を攻撃したという事実も、まったくない。それは、日中友好協会が日中友好と国交回復の一点で、日本国民の各階層の人びとを、思想、信条、政派の別をこえて、ひろく結集した自主的組織だからである。
それとも、日中友好協会がその機関紙で中国の毛沢東主席を天上までもちあげたり、「プロレタリア文化大革命」や「紅衛兵」を無条件で賛美するようなことをしないから、「毛主席をあくどく誹謗し、文化大革命と紅衛兵を攻撃した」ことになるというのだろうか。もしそうだとすれば、それこそまさに大国主義的おしつけ以外のなにものでもない。 北京放送や新華社通信などは、「チャンコロ」という反中国的なことばをつかったと報道しているが、これもまったく事実に反したねつ造である。かれらは、このようなデマまでつかって、戦後一貫して日中両国人民の友好のためにたたかい、このような中国人民を侮辱することばや思想ともたたかってきたわが国の自覚的民主勢力やわが党を、「反中国」であるかのようにみせかけようとしているのである。
これはすべて、こういえば中国人民が憤激することを計算した、作為的なデッチあげである。こういう作為こそ日中両国人民の真の友好を破壊し、日中両国人民を離間するもっとも悪質な行為であることは、いうまでもない。
五
北京放送や新華社などの報道と電報をつうじて、断じて許すことのできないことは、かれらが日本共産党と日本の民主団体にたいする公然たる内部干渉をおこない、分裂主義者や破壊分子にたいする鼓舞、激励をなんらの反省もなくくりかえしていることである。 中国の中日友好協会は、この暴行に参加した連中に、「兄弟としての健闘のあいきつをおくり」、かれらの「正義の闘争を断固支持し」、かれらが「暴徒とねばりつよい闘争をすすめ、中日両国人民の友好事業を守り、中日両国人民の帝国主義反対、修正主義反対の闘争的友誼を守った」と、激賞している。
中日友好協会が負傷した日本人におくった慰問電報は、「華僑学生の正義の行動を支持し、日共修正主義分子に反逆した皆きんの行動は、正しく立派で、わたくしたちは皆きんを断固支持する」といい、「日共修正主義分子が米帝国主義、ソ連修正主義、日本反動派と通じあって、中国に反対している」とデマをとばし、こともあろうに、わが党を「壁にぶつかるハエ」とか、「害虫」とかと悪罵している。
このような悪罵は、それを放つものの下劣きわまる品性をばくろするだけである。わが党がアメリカ帝国主義、ソ連修正主義指導部、日本反動派とつうじあって、中国に反対しているかどうか、これは事実をあげて立証すぺきである。わが党が米日反動勢力と正面から対決し、日本の労働者階級と全人民の先頭にたってたたかい、この二つの敵の支配を排除するための民族民主統一戦線の発展のために、全力をつくしていることは、だれも知っていることである。だからこそ、米日反動勢力は、わが党にたいし攻撃を集中しているのである。
中国の中日友好協会が感謝電報や慰問電報をおくって大いに激賞した相手は、いったいどういう連中だろうか。いうまでもなく、かれらこそ、日中友好協会十六年間の歴史と伝統をふみにじり、自主、平等、内部問題への不干渉の原則を投げすて、思想、信条、政派の別をこえ、日中友好と国交回復に賛成する人びとをひろく結集した自主的組織であるという協会の基本性格を無視して、対外盲従主義の立場から、中国共産党の極左日和見主義・大国主義分子の「路線」を日中友好協会に押しつけようとして、それが阻止されるや、協会から脱走して、日中友好関係諸団体にたいする卑劣な分裂、破壊活動に狂奔しているひとにぎりの悪質分子である。
かれらのこの分裂、破壊活動は、米日反動勢力に反対する日本人民の統一行動と統一戦線の発展を妨害している。日本で米日反動と対決する人民の統一行動と統一戦線発展の中心となっているのは、わが党と自覚的民主勢力である。こともあろうに、対外盲従分子は、この統一行動と統一戦線発展の中心勢力にたいして、悪質な分裂、破壊活動をおこなっているのである。それがアメリカ帝国主義と日本反動をよろこばせていることはいうま でもない。
ひとにぎりの対外盲従分子は、実際には、アメリカ帝国主義と日本反動勢力とたたかう具体的な行動をなに一つ組織してはいない。かれらが狂奔しているのは、わが党と自覚的民主勢力にたいする悪罵と分裂、破壊活動だけである。それにもかかわらず、北京放送、新華社、中日友好協会などは、その報道と竜報で、これらの対外盲従分子を大いに激励し、かれらをますますつよくわが党に敵対する行動に立たせようとしている。
しかし、こういう大国主義的干渉は、マルクス・レーニン主義ともプロレタリア国際主義とも縁もゆかりもないものであって、かならず失敗する。デマと中傷は、真実が明らかになるにつれて雲散霧消し、あとにはデマと中傷をおこなったものの恥ずぺき正体が白日のもとにきらきれるだけである。大国主義的な押しつけは、日本人民の自主性と誇りをきずつけ、日本人民のはげしい非難と抗議をまきおこし、かならず孤立していく。現に日中友好協会本部にたいする襲撃事件がおこるやいなや、ただちに三十三団体から成る「日中友好協会を暴力と干渉から守る共闘会議」が結成され、それが全国に拡大しているし、また著名人をふくめ多くの個人も日中友好協会に支援と激励をよせている。このことは、日本人民が日中友好協会にたいする外国の大国主義的干渉は同時に自分たちの運動の自主性にたいする攻撃であることを敏感に感じとっていることをはっきりと証明している。
われわれはこの日本人民の偉大な力に依拠し、どのような国からおこなわれる大国主義的な干渉や押しつけであろうと、断固として排除し、日本の革命運動と民主運動の自主性をあくまで守り、同時に共通の敵にたいする一致しうる共同の課題にもとづき、自主、平等、内部問題への不干渉の原則にもとづき、反帝民主勢力の国際的団結と国際共産主義運動のマルクス・レーニン主義的強化と真の団結をめざして、確固として前進するもので ある。
(「赤旗」一九六七年三月十五日)